Return to "Who





アンリ=ギタリスト

アンリ・サルヴァドールは、シンガーであり、コメディアンである以前に、ギタリストとしてプロ活動を開始しました。それは1933年のこと。独学でギター奏法を習得し、P Raissのオーケストラで、ミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせたのです。

その後、ジャンゴ・ラインハルトとの邂逅などがあり、また、レイ・ヴァンチュラ楽団でそのテクニックに磨きをかけていきました。

彼のギタリストとしての側面にはあまりスポットライトはあたりませんが、時代毎で彼のギターは彼の音楽の重要なファクターだったのです。

このページでは、ギタリストであるアンリを支えたギター達をジャケット写真から紹介していきます。

Di mauro

所謂「ジプシー・ギター」と分類されるギターは、1940年代にフランスのギター・ルシエー(職人)によって、数多く製作された。

それまでの、「羊腸」(現在はナイロン)弦を用いたスパニッシュ・ギターでは、台頭してきたジャズコンボでの演奏は音量が不足なため、スティール弦を使用するため、ボディ終端にトラピーズ(ぶらんこ)テイルピースを備え、強いテンションにも耐える構造になっている。

それぞれのギターはハンド・メイドではあるが、規格のようなものがあったようで、その代表格は「セルマー/マカフェリ」のギターで、これがジプシー・ギターのスタンダードとなっている。マリオ・マカフェリのギターはジャンゴ・ラインハルトが愛用していたものであるが、その特長はインターナル・リゾネーター(共鳴器)を有した『D』型(あるいは、スモール・オーバル)サウンドホールであるが、アンリのギターは、ボディ・シェイプこそ「ジプシー・ギター」のそれであるが、ボディ表面の左右にあいた『f』ホールを持っているため、「セルマー・マカフェリ」とは異なるルシエーによるものであることがわかる。

アンリのギターは「Di mauro」というルシエーが製作したもので、製造時期は第二次世界大戦以降であるらしい。(これは、マカフェリ・ギターの研究家であるPaul Hostetter氏による見解)アンリは、ポリドールでの初レコーディングの頃からこのギターを使用し、58年のアルハンブラでのコンサートでも使用しているようだ。

セルマー/マカフェリ・ギターが(その構造と材質からか)大きく、ダークな音色(ビレリ・ラグレーヌが、最近の雑誌のインタビューで答えていた。)であるのに対し、アンリのレコードで聴けるディ・マウロ・ギターの音色は、マカフェリ同様、大音量ながら、極めて硬質でカラリと乾いた音色がする。これは、セルマー/マカフェリが、音をインターナル・リゾネーターを介して、ボディ中央のサウンド・ホールに集中させていたのに対し、ボディ左右の『f』ホールに分散させていたからなのだろうか?あるいは、ボディ材質の関係かも知れない。前出したビレリ・ラグレーヌのインタビューによれば、現在のマカフェリのコピー・モデル(セルマー/マカフェリ自体は、作者が既にいないため製作はされていない)である、フランスの「モーリス・デュポン」や、ドイツの「ハール・ギター」は、非常に軽量で、明るい音色だという。

左の図、上がアンリが通常使用していた(恐らく)「スウィング」モデル。下は、ライブ・アルバム「l'Alhambra」のジャケット内側に出ていた写真だが、ひし形のポジション・インレイからディ・マウロのバリエーションと思われる。

古い時代の弾き語りで聴かれるのは、これらのどちらかのディ・マウロであるのは間違いないだろう。

Gibson L-7

ギブソンの創始者オーヴィル・ギブソンが1918年に会社を去った後を引き継ぐ形で、ギブソンの設計士になったロイド・ロアーはそれ以前から実績のあったフラットマンドリンの制作ノウハウをギターに活かし、画期的なアーチ型の表板を持つギターの設計を開始した。現在のアーチ・トップ・ギターの原形とも言える『L-5』が生まれたのは1922年。16インチのボディにスタンダード・トラピーズ・テイルピースとネジ止めのピックガードというスタイルはこの後継承され、1937年にはボディサイズが17インチになった。

L-7は、L-5のバリエーションとして、1933年に製造を開始した。L-5が5枚重ねの表板であるのに対し単板(40年代からは3枚重ね)であるが、外見での識別は難しい。アンリの使用していた50年代のモデルでのL-5とL-7の相違点は、ポジション・インレイが、L-5がスクエアであるのに対し、スプリット・パラレログラムという二つの平行四辺形を並べた形であることと、テイルピースの形である。

アンリのL-7が50年代製であるということは、『gibson』のロゴが、スクリプトではなく、デザイン・ロゴである点、ヘッド・ストック中央のクラウン型インレイ、べっ甲のピックガード、そしてチューリップ型の糸巻きなどから限定できる。

フィリップス〜バークレイ時代では、自身がギターを弾いた曲は、殆どこのギターでのものであろうことは、ポリドール時代のディ・マウロよりもまろやかでありながら、歯切れの良い音で判別できる。最も活躍したEPは「Plays the Blues」であり、ほとんどが和音でのソロでありながら、音の粒立ちがはっきりしており、このギターの素性の良さを物語っている。なにしろ、そのアルバムでは、ピックアップを使用した形跡がないのだ!

Un-Known Electric

このギターも1950年代に製造されたと思われるが、メーカーは不明。

小さめのボディに一個の金属カバーのついたシングル・コイル・ピックアップを持ち、アンリはこれをアンプに通して使用していたものと思われる。写真は、『Calypso』のカバーであるが、もしこのレコードのセッションに使用されていたとすれば、「C'etait Hier」はこのギターによって演奏されたと考えられるし、「Rock'n Roll」でのセッションでも使用された可能性がある。

注目したいのは、テイルピースがエピフォンの上位機種に使用された「フレケンセーター」タイプで、低音弦と高音弦のテンションを調整するために、段違いのセッティングになっている。とはいえ、同時代のエピフォンのブロード・ウェイなどといったモデルとは明らかに異なっている。

詳しい情報をご存知の方は、お知らせ願います。

GUILD M75 "Aristocrat"

EP"Bossa Nova pour tout petites"のジャケットでサルヴァドールが弾いているギターは、ギルドのM-75"Aristocrat"。1950年代から製造され、1962年にオリジナル・タイプの製造が打ち切られた。

『ギブソン・レス・ポール』によく似たコンパクトなシングル・カッタウェイ・ボディのギター。ギルドのブランドマークともいえる『ハープ』形のテイルピースを持ち、二つのピックアップ、ヴォリューム、トーンともに二つずつのコントローラー、ピックアップ・ポジション・スィッチが一つという、ほぼ『レス・ポール』に準じた体裁。ピックアップも最初のレス・ポールに使用された『P-90』と同タイプの『Guild Frequency Tested Pick-Up』というアイヴォリーのプラスティック・カヴァーがついたシングル・コイルピックアップを使用している。

大きな特長はボディの構造で、ホンジュラス・マホガニの「地」を覆うようにエゾマツがアーチを形成してギタ−正面を覆っていまる。そのため表板と本体の間は空洞で、小さなボディーに関わらずふくよかな音色で、かつ、高出力アンプによるフィードバックにも強く、また重量も軽減できた。

想像ですが、シングルコイルのシャキシャキした音色とセミ・ホロウ・ボディのふくよかな響きから、アンリはセルフ・プロデュ−スによる作品はこのギターを使っていたような気がします。自宅のスタジオで、ベッドに横たわっているギターは、このM75のように思えます。

レス・ポールも持っていますが、アンリのレスポールは1970年代後半のモデルで、時期的な事からもRigolo時代はレス・ポ−ルを使用していないと思います。

これらのギターの他、近年のステージではもっぱらアコースティック・ギターを愛用しています。

ステージの写真などでわかる機種としては、日本製のモーリスのマーティン・C型のコピーモデルを70年代から愛用(最近の物はコンタクト・ピックアップがついた、エレ・アコ・モデル)しているほか、ギブソン・スーパージャンボ180Eなども使用しています。また、来日公演で使用していたギターは「ゴダン」のエレ・アコの可能性もあります。

これらも機会があれば順次取り上げていく予定です。



to top